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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(ワ)257号 判決 1972年9月27日

原告

松尾正信

ほか一名

被告

小林吉春

ほか三名

主文

一  被告小林吉春、同小林春夫は各自、原告ら各自に対し、各金三六二、六九八円および内金三〇二、六九八円に対する昭和四四年二月一三日から、内金六〇、〇〇〇円に対する昭和四七年二月一八日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日動火災海上保険株式会社は原告ら各自に対し、金三六二、六九八円および、内金三〇二、六九八円に対する昭和四四年二月一三日から、内金六〇、〇〇〇円に対する昭和四七年二月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告小林吉春、同小林春夫、同日動火災海上保険株式会社に対するその余の請求並びに被告株式会社北九州マツダに対する請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は、原告らと被告株式会社北九州マツダとの間においては全部原告らの負担とし、原告らとその余の被告らとの間においては、原告らに生じた費用の五分の四を原告らの負担とし、その余はこれを七分してその六を原告らのその余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は無担保で、同第二項は原告らが各金一五〇、〇〇〇円の担保を供したときは、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(原告ら)

「被告らは各自原告両名に対し各金五五〇万円およびこれに対する昭和四四年二月一三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

(被告小林吉春、同小林春夫、同株式会社北九州マツダ)

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

(被告日動火災海上保険株式会社)

本案前の裁判として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

本案の裁判として、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二請求の原因

一  事故の発生

昭和四四年二月一二日午前八時四〇分頃、北九州市八幡区大字楠橋市道上において、被告小林吉春(以下被告吉春という)は普通自動車(北九州か五六六四号)を運転して楠橋電停方面から緑方面に向け前記市道にある三差路に差しかかつた際、たまたま同所をバイク(八幡区九四六一号、以下原告車という)を運転して、香月方面から楠橋方面に向け進行中の訴外亡松尾信夫(以下信夫という)と激突し、そのため信夫が頭蓋骨々折等により死亡した。

二  被告らの責任

(一)  被告吉春は、前記事故現場は見通しの悪い曲り角であるのに、警笛を鳴らさず、徐行も怠つて時速四〇キロで進行したため、原告車の発見が遅れ、同車発見後停車せずに香月方面にハンドルを切つて信夫の進路を塞いだため本件事故を発生させたもので、同事故は同被告の過失に基づくものであるから、民法七〇九条により原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告小林春夫(以下被告春夫という)は被告吉春の父であるが、前記被告吉春の運転していた車を保有して自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条により、また、被告株式会社北九州マツダ(以下被告北九州マツダという)は被告吉春を従業員として使用していたもので、本件事故は同被告がその業務に従事中に発生させたものであるから民法七一五条により、いずれも本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(三)  被告日動火災海上保険株式会社(以下被告日動火災という)は、被告春夫との間で被告吉春の運転していた車につき、被保険者を同被告とし、保険期間を昭和四三年七月一三日より同四四年七月一三日とする被告日動火災八幡支部の任意保険(自動車対人賠償責任保険)契約を締結しているのであるから、同被告に対し、同被告が原告らに対し右責任を負担することによつて受ける損害を填補する責任がある。原告らは、右損害賠償請求権に基づき同被告の被告日動火災に対する保険金請求権を代位行使するものである。

三  原告らの損害

(一)  信夫の逸失利益

信夫は本件事故による死亡当時満一六才で、一時は相撲取りを志すほど身体強健な男子であり、中学卒業後父の経営する松正建設工業有限会社に見習工として勤務し、本給月三万円を得ていたものであり、従つて残就労可能年数は四七年であり(政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準による)、この間の得べかりし利益は次のとおりである。

(1) 一六才当時 合計三六〇、〇〇〇円

30,000円(1カ月の収入)×12(1年間)=360,000円

(2) 一七才以降五九才まで この間は前記死亡当時の収入を下回るが、労働省労働統計調査部(昭和四四年度第四巻)発行賃金センサスの、福岡県下全産業の男子労働者平均賃金が別紙のとおりであるからこれによると、

年令

きまつて支給を受ける現金給与額(年間)

年間賞与その他の特別給与額

一七

二四七、二〇〇円

一六、五〇〇円

一八-一九

六一六、八〇〇円

五五、八〇〇円

二〇-二四

一、九一四、〇〇〇円

三六八、〇〇〇円

二五-二九

二、六一〇、〇〇〇円

六二八、〇〇〇円

三〇-三四

三、〇二四、〇〇〇円

七七一、五〇〇円

三五-三九

三、四二〇、〇〇〇円

九三八、〇〇〇円

四〇-四九

七、七八八、〇〇〇円

二、三三五、〇〇〇円

五〇-五九

七、六五六、〇〇〇円

二、一九〇、〇〇〇円

合計二七、二七六、〇〇〇円

合計七、三〇二、八〇〇円

総計三四、五七八、八〇〇円

(3) 年令六〇才以上六三才までは右五九才当時の収入がそのまゝ変らないとして計算すると、この間の合計は三、九三八、四〇〇円となる。

63,800円×4(年)×12=3,062,400円 (イ)

219,000円×4=876,000円 (ロ)

(イ)+(ロ)=3,938,400円

右(1)ないし(3)の合計は三八、八七七、二〇〇円となり、これから、信夫の生活費として五割を控除した額一九、四三八、六〇〇円に四七年間のホフマン計数〇・二九八五〇七四六を乗じると五、八〇二、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)となる。

従つて信夫が本件事故によつて逸失した利益は右五、八〇二、〇〇〇円となるが、本件事故については信夫にも見通しの悪い曲り角で警笛も鳴らさず徐行も怠つた過失があるので、この過失を被告吉春の過失と五分五分としてみれば、右額の二分の一である二、九〇一、〇〇〇円が被告らの負担すべき額となる。

原告松尾正信は信夫の父、同浦野ヨシ子は信夫の母であり、信夫の死亡と同時に原告両名は信夫の右逸失利益相当の損害賠償請求権を二分の一宛相続により取得した。

(二)  原告らの慰藉料

原告らは信夫に将来を託していたが本件事故により一朝にしてその幸福を奪われ、その精神的苦痛は金銭をもつてはいやすべくもないが、敢えて金銭に見積るならば信夫の過失を考慮しても原告ら各自に二、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  弁護士費用

原告らは本件事故による損害賠償について示談解決を計るべく、仲介人を立てて再三再四被告らに話合による解決を求めたが、被告らは全く誠意を示さなかつたため、やむなく本訴の提起および追行を本件原告ら訴訟代理人に委任し、原告ら平等の割合で着手金として、福岡県弁護士会小倉部会報酬規程の本件訴額に対応する最低の着手金額を下廻る一五〇、〇〇〇円を支払い、更に原告ら勝訴の場合同規程に則り少くとも二一〇、〇〇〇円以上の成功報酬を支払う旨を約した。従つて被告らは右合計三六〇、〇〇〇円の弁護士費用をも負担すべきである。

四  損害の填補

原告らは自賠責より三、〇〇〇、〇〇〇円を受領しているのでこれを前記弁護士費用をのぞく他の損害合計六、九〇一、〇〇〇円より控除する。

五  以上により、原告らは被告らに対し、前記損害の支払を求めるため本訴におよんだ。

第三被告吉春、同春夫、同北九州マツダの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

一項の事実中、被告吉春が普通自動車(北九州か五六六四号)を運転していたことは否認し、その余の事実は認める。

二項の事実中、被告吉春の過失として主張された事実、同被告が被告北九州マツダの事業に従事中であつたことは否認し、その余の事実は認める。

三項の事実中、信夫が原告らの子であること、原告らがその訴訟代理人に委任したことは認めるが、その報酬額等および賃金センサスの平均賃金額の記載は知らない。仮に原告ら主張のとおり賃金センサスに記載されているとしても、信夫は右平均賃金に達する程度の収入をあげ得たことおよびその余は争う。

二  事故態様に関する主張

本件事故は信夫の自己過失によるものであつて、被告吉春には過失はない。

すなわち、被告吉春は軽四輪自動車を運転し、左側にカーブする幅員約六メートルの道路の左側部分を時速三〇ないし四〇キロで進行中、左カーブの前方より対向して道路左側部分に廻りこみつゝ猛速度で突込んで来た原告車を発見し、驚いて右によけようとしたところ原告車が右軽四輪の左側面に斜に衝突したものであり、同被告としては回避のしようがなかつた。本件事故現場である交差点は、Tの字の頭の方横棒の方がカーブしている変形のT字形交差点であり、被告吉春の進路からみて左カーブとなつている。本件で交差する道路の見通しは何もさえぎるものはないので同被告には徐行義務を要求する必要はない。本件事故はたまたま交差点で生じてはいるが、左カーブの道路でその左側の見通しの良くない場所で起きた事故として考えるべきであるところ、左側に横道もなく、横断歩道もないのであるから、左側から飛出して来るものを予想する必要はなく、まして対向車が中央線を越えて同被告の進路を進行してくると考えるのは不可能である。よつて同被告には過失がなく、本件事故は無免許でオートバイを運転し、道路中央線を越えて猛速度でカーブを進行し、道路左側部分に廻り込んで右軽四輪に突込み、ヘルメツトを着用していなかつたため頭蓋骨々折で死亡した信夫の自己過失によるものというべきである。

三  被告北九州マツダの無責

本件事故の際、被告吉春は通勤のため同春夫所有の軽四輪を運転していたのであり、右車両は通勤用のみでその運転は被告北九州マツダとは何の関係もないので、同被告には本件事故につき責任はない。

四  抗弁

(一)  免責

二記載のとおりであつて、被告吉春には運転上の過失はなく事故発生は信夫の過失によるものであり、また前記軽四輪には何らの構造上の欠陥、機能上の障害もなかつたのであるから、被告春夫も本件事故につき責任はない。

(二)  損害の填補

仮に被告吉春、同春夫に何らかの責任があるとしても、被告春夫より昭和四四年三月一二日三〇〇、〇〇〇円を支払い、自賠責保険より同年六月一〇日三、一五四、五四七円が支払われているので、信夫の重大な過失を考慮すると、原告らの損害はすべて填補されている。

(三)  過失相殺

原告ら自認の本件事故発生についての信夫の過失を有利に援用する。

第四被告日動火災の主張

一  本案前の抗弁

本訴における保険金請求は、訴の要件を欠き、却下さるべきである。

(一)  被告春夫が被告日動火災との間に締結している契約は自動車保険契約であり、その内容は、損害保険各社共通に使用している月掛自動車保険普通約款(以下保険約款という)によつている。

保険約款第2章第1条第1項は、「当会社は被保険者が………法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害に対して、この賠償責任条項および第3章(一般条項)の規定に従い、保険金をお支払いする責任を負います。」と定めているが、被保険者の保険会社に対する保険金請求権が具体化し、行使することができる時期については何らの定めを置いていない。

(二)  そこで損害保険会社は保険金請求権具体化の時期を、第三者と被保険者間の賠償責任の確定、すなわち示談成立ないし判決等の確定の時期として実務を定着させている。

(三)  右実務は次の根拠による。

(1) 責任保険の目的は、保険事故を媒介として被保険者たる保険契約者が第三者に対し損害賠償責任を負担することによつて蒙る不慮の経済的負担を填補することにある。対人損害賠償責任保険にあつては、死傷事故によつて第三者に損害が発生し、被保険者がこれにつき損害賠償責任を負担する関係になければならない(以下被害者と被保険者との関係を責任関係と、被保険者と保険者との関係を保険関係という)。責任関係において被保険者が賠償すべき額は観念的には死傷事故の発生によつて一定額として存在したように考えられるが、実際上は示談の成立や、裁判、和解等の確定手続を経ない限り具体的な数額を確知することはできないのであり、この具体的な数額の確定をまつてはじめて被保険者は保険者に対して保険金を請求し得るに至る。しかし、この場合においても保険契約上の事由(例えば無免許や飲酒運転による事故については免責とされる等)から、保険金請求権が発生しないこともある。つまり保険金請求権は損害賠償請求権と全く同一ではなく、発生原因、発生時期も別異な別個の請求権なのである。

従つて、賠償責任保険の「保険事故」とは自動車事故の発生そのものではなく、被保険者の法的責任の有無および範囲の確定、すなわち「責任の確定」を云うというべきである。

仮に、「保険事故」を死傷事故の発生とみる見解に立つとしても、保険金請求権が直ちにそれによつて行使できないことは明白であり、責任の確定は少くとも権利行使の要件をなすのである。

(2) 右の論は保険約款の他の諸規定からも支持される。

約款第2章第1条第2項は、自動車が自賠責保険締約強制車である場合について、「当会社は、その損害の額が同法に基づいて支払われる金額(中略)を超過する場合に限り、その超過額をお支払いする責任を負います。」と規定しているが、自賠責保険に基づき支払われる額を超過するか否かは、責任の確定なくして確知し得ない。自賠責保険においてもその請求に当つては損害額の確定を前提条件としている(自賠責保険約款第14条)。

また、保険約款第3章第15条第1項第2号は、事故報告義務、同第4号は保険者が行う損害調査への協力義務を定め、第17条は保険金の請求に当り「損害額を証明すべき書類」の提出を義務づけ、第18条第1項はこの「損害額を証明すべき書類」の提出があつて保険者に保険金支払の責に任ずること、同第2項は損害額の調査終了まで保険者は保険金の支払を行わないことを定めている。これらの規定からみても、保険金請求権は、責任の確定をまつてはじめて具体化し、それまでは抽象的な期待権に止まること明らかである。

(3) 現行保険約款は昭和四〇年八月以降用いられているものであるが、それ以前の約款の下では被保険者の第三者に対する損害賠償額の支払を保険金請求の前提条件とする先履行主義がとられてきた。現行約款がこれを廃止したのは、加害者が無資力で先履行不能のとき被害者の保護に欠けることを理由としたものであるが、もし現行約款への改正の狙いが、保険金請求権には責任の確定すら要しない趣旨であつたのなら、保険関係において独自に損害額を確定させる手段方法、およびそれと将来確定される被保険者の損害賠償額との不一致の調整に関する何らかの手当を必要とするはずであるが、現行約款はむしろ責任の確定を前提とする規定をおいたのみである。このことは現行約款が先履行主義を改めて、確定主義をとつたに過ぎず、更に進んで発生主義或いは請求主義にまで進んではいないと解されるのである。

(4) もし保険金請求権が責任の確定以前に発生するとすれば、消滅時効の関係で極めて不合理な結果を招く。すなわち、責任の確定以前に保険金請求権が発生したとすればそのときより二年を経過したときに(その責任の確定すらない場合にも)短期消滅時効が完成することとなり、これは保険契約者にとつて著しく不利益であるばかりか、従来の保険実務を大きく覆えし大混乱を招くこととなる。また自賠責第15条の保険金請求権の時効は被害者への支払時を起算点とするのに、自賠責保険を上廻る責任額の支払を目的とする任意保険が、責任額の確定をしないうちから時効が進行し、自賠責保険より先に時効が完成するという不合理をきたす結果となる。更に、責任の確定をまたず保険金請求権が発生していると解すると、被害者以外の第三債権者も保険金請求権を代位行使し得ることとなり、かえつて被害者側に不利益な事態を招きかねない。

(四)  従つて、損害賠償責任額の確定のないまま提起された本訴は、保険金請求権未発生の状況で提起されたものであり(仮に発生しているとしても権利行使の要件を欠くものであり)、不適法であつて却下されるべきである。

(五)  責任関係訴訟との併合について

責任関係と保険関係とは、一方に関する判決の効力が当然に他方におよぶものではなく、両者に矛盾を生ずることは賠償責任保険の存在目的を失わしめることになつても、それ故に一方に関する判決の効力が当事者以外の第三者にまで拡張されるものではない。従つて、保険金請求訴訟が責任関係訴訟と併合される場合であれば(片面的)必要的共同訴訟と解することによつて前者が適法であるとする理論は、現在の訴訟法理論を全く無視するものであつて採用できない。

二  請求原因に対する認否、および事故態様に関する主張

請求原因一項の事実は知らない。

同二項中、被告春夫と同日動火災が原告主張のような保険契約を結んでいることは認め、被告吉春の過失として主張された事実は否認し、その余の事実は知らない。

同三項の事実中、原告らがその訴訟代理人に本訴を委任したことは認めるがその報酬額は知らないし、その余は争う。

事故発生に関する主張は、被告吉春、同春夫、同北九州マツダのそれと同一の主張をする。

第五抗弁事実に対する原告らの認否

被告吉春および同春夫の無過失を否認し、原告らが自賠責保険金三、一五四、五四七円を受領していることは認めるが、ただし右金員中、一五四、五四七円は信夫の応急手当費であつて、原告らの本訴請求の損害に対するものではない。

第六証拠〔略〕

理由

一  被告日動火災の本案前の抗弁について

被告日動火災は、損害賠償責任額の確定のないまま提起された同被告に対する本訴は、保険金請求権未発生の状況で提起されたものであり(仮に発生しているとしても、権利行使の要件を欠くものであるから)不適法であると主張するので考えるに、

(一)1  被告日動火災が本案前の抗弁(三)の(3)で主張するとおり、現行約款の規定からみて、同約款が改正された趣旨が、旧約款でとられていたいわゆる先履行主義を撤廃したにすぎず、保険金請求につき賠償額の確定手続の先行までも不要とした趣旨でないと解されること、

2  同被告が本案前の抗弁(二)で主張のとおり、責任関係における賠償額の確定を保険金支払に先行させる取扱いないし解釈が保険会社の実務において商慣習化している点

3  賠償責任の本質上、保険関係の権利義務は責任関係における権利義務を論理的に前提とするものであつて、後者の確定を前提条件としない限り、両者の具体化の手続が別々に行われて二重手間であるばかりか、結論が矛盾した場合混乱を生ずるおそれがあると考えられる点

4  責任関係の確定をまたずに、事故発生と同時に保険金請求権を行使できるとすれば、右被告が本案前の抗弁(三)(4)で主張するとおりに、消滅時効の関係で極めて不合理な結果を生ずるし、被害者以外の債権者が事故の発生を知れば直ちに保険金請求権を代位行使し得ることになり、被害者の保護に反する結果を招くおそれがある点

以上の諸点を勘案すれば当裁判所も、保険関係における保険金請求権を行使するためには、その前提条件として責任関係における賠償額の確定が必要であると解する(但し、〔証拠略〕により認められる現行約款第二章一条の文言からすれば、保険関係における責任すなわち保険金請求権も抽象的には事故の発生と同時に発生すると解するのが相当であり、被告日動火災主張の如く、保険金請求権が責任関係における責任の確定をまつてはじめて発生するとは解し難い。)

(二)  しかしながら、本件のように被害者の保険金請求権の代位行使による訴訟(保険関係)と、損害賠償請求訴訟(責任関係)とが併合されている場合には、責任関係と保険関係とで別々に責任額の具体化が行われる場合必然的に生じる二重の手間による無駄と判断が区々になることから生ずる混乱の可能性とは、いずれもそのおそれがないから責任関係における責任額があらかじめ確定されていることを要しないと解するのが相当であり、(東京高裁昭和四七年二月一二日判決、昭和四五年(ネ)一六三号・一六四号・二六五号事件、参照)従つて保険関係の訴訟も適法であると解される。

そうすると、原告らの被告日動火災に対する本件訴は、責任関係における賠償責任額の確定なしに保険金請求権を債権者代位の客体として行使するものではあるが、責任関係における損害賠償請求訴訟と併合されている以上適法であるから、被告日動火災の本案前の抗弁は採用できない。

なお、右のような併合訴訟にあつては、損害賠償請求訴訟についての判決が確定すると同時に保険金請求権の履行期も到来するものと解される。

二  事故の発生

原告ら主張の日時、主張の場所において被告吉春が運転する自動車(自動車の種類をのぞく)と信夫運転のバイクが激突してそのため信夫が頭蓋骨々折等により死亡したことは、被告吉春、同春夫、同北九州マツダとの間においては争いがなく、〔証拠略〕によると、右事実および、信夫の死亡日時は事故発生当日であること、被告吉春の運転していた自動車は軽四輪貨物自動車(北九州か五六六四号、以下被告車という)であることが認められる。

三  責任原因

(一)  そこで本件事故の態様および本件事故の発生に関する被告吉春および信夫の各過失について判断する。

前記事実および、〔証拠略〕によると、本件事故現場は、楠橋電停方面からみて同道路が香月方面と緑方面とに二手にカーブしながら岐れる変形T字形交差点であり、交差点をはさんで右三方へ伸びる各道路にはセンターラインはなく、各道路幅員は(交差点付近でやゝ広くなつているが)、楠橋電停方面が約七・〇メートル、香月方面が約五・六メートル、緑方面が約五・五メートルであること、楠橋電停方面から香月方面に向つて道路はかなり急な弓状の左カーブとなつていること、右交差点付近は、楠橋電停方面から見て緑方面への見通しは良いが、同香月方面へは、高さ約三メートルの笹竹が道路左わきに生えているため見通しが極めて悪いこと、被告吉春は前記被告車(車両幅は一・二三メートル)を運転して楠橋電停方面より香月方面に向つて道路左側部分を、左側端から約一・一メートル中央寄りに時速約四〇キロで進行し、前記交差点にさしかかつたところ、進路左斜前方約二五メートルの地点に香月方面より右交差点に向つて同被告の進行方向からみて道路左側部分(但し、同道路左側端から二・四メートル中央寄り)に入り込んで高速で直進々行して来た原告車を発見し、同車が被告車の進路上に突入して同車と衝突するものと感じとつさにハンドルを右に切つて進行したが、急制動の措置をとりつゝそのまゝ直進々行して来た原告車と、前記原告車を発見した地点より約一〇メートル右斜前方(同被告進路左側端より約三・九メートル中央寄りの地点)で自車左横フエンダー部分を原告車に衝突させ、ヘルメツトなどの防具をつけていなかつた信夫を前記傷害により死亡させたこと、被告吉春および信夫はいずれも衝突前に警笛を鳴らすなどの措置はとつていないこと、前記のとおり信夫は自己の進路である道路の右側部分に入り込んではいたものの、被告吉春が原告車発見当時の状態でその進路である道路左側部分を道路のカーブにそつて進行を続けた場合でも被告車と衝突する程度にまで入り込んでいたものではないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する被告吉春本人尋問の結果部分は措信し難く、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実によれば、前記交差点より楠橋電停方面および香月方面に伸びる道路は、楠橋電停方面より香月方面に向つて左にカーブし極めて見通しの悪い道路であるから、香月方面より前記交差点に向つてカーブのため道路右側部分に多少入り込んで進行して来る車両のあることも予想でき、従つて、警音器も鳴らさず前記速度のまゝ被告車を進行させれば右の如き状態で香月方面より右交差点へ進行して来る車両と接近する危険のあることは予想し得たのであるから、被告吉春は自動車運転手として前記交差点の相当手前から警音器を鳴らし減速徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、警笛も鳴らさず前記速度のまゝ被告車を進行させた過失により、香月方面より高速で進行して来た原告車を発見して同車との衝突の危険を感じこれを避けようとしてハンドルを右に切つたが及ばず本件事故を発生させたものというべく、従つて被告吉春は民法七〇九条により本件事故によつて原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

更に右認定事実によれば、信夫は香月方面から楠橋電停方面への見通しが極めて悪いのであるから、前記交差点の相当手前から警音器を鳴らし減速徐行し、また自己の進路である道路の右側部分に入り込まないように運転する注意義務があるのに、これを怠り、警音器も鳴らさず高速のまゝしかも自己の進路である道路の右側部分に入り込んで原告車を進行させた過失により本件事故に遭遇したものである。よつて信夫の右過失は、本件事故による損害額の算定に斟酌しなければならず、信夫の過失と被告吉春の過失との割合は六対四と認めるのを相当とする。

(二)  被告北九州マツダの責任

原告らは、本件事故当時被告吉春が被告北九州マツダの業務に従事中であつた旨主張し、〔証拠略〕によると、被告吉春は本件事故当時被告北九州マツダに自動車部品供給係として勤務していた者であり、同被告の車両を用いて自動車の運転をすることも被告吉春の右職務内容に含まれていたことまでは認められるが、〔証拠略〕をあわせると、被告車は被告吉春の父である被告春夫の所有で、被告吉春がもつぱら通勤のために使用していたものであつて、本件事故当時も同被告が被告北九州マツダに出勤の途上であつたことが認められ、そうすると、前記認定の事実のみをもつて直ちに被告吉春の本件事故当時の運行が被告北九州マツダのための運行ないし業務執行とはいい難く、他にこの点に関する原告らの前記主張を認めさせる証拠もないので、被告北九州マツダに本件事故による責任がある旨の原告らの主張は採用しない。

(三)  被告春夫の免責の抗弁

前(一)で認定したところによると、被告吉春には本件事故の発生につき減速徐行義務などを怠つた過失があることになるから、被告春夫が免責される旨の抗弁は、その他の点を判断するまでもなく失当である。

(四)  被告春夫、同日動火災の責任

本件事故当時被告吉春が運転していた被告車は、被告春夫が保有し自己のため運行の用に供していたことは被告春夫の認めるところであり、〔証拠略〕によつて右事実を認めることができる。

そうすると被告春夫は自賠法三条所定の運行供用者として本件事故により原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。

被告日動火災が被告春夫との間に、被告車につき原告ら主張の保険契約をしていることは当事者間に争いがない。

そうすると、被告日動火災は保険契約上被告春夫に対し、同被告が前記原告らに対し損害賠償責任を負うことによつて受ける損害を填補する責任があるところ、同被告の債権者である原告らが右保険金請求権を代位行使するというのであるから(被害者による保険金請求権の代位行使においては、加害者である被保険者の無資力は要件でないと解される)、被告日動火災は原告らに対して前記損害額相当の保険金を支払う義務がある。

四  損害

(一)  信夫の逸失利益

〔証拠略〕によると、信夫は昭和二七年七月二五日生で死亡当時満一六才の健康な男子であつたことが認められるので、同人の本件事故に会わなかつた場合の就労可能年数は満六三才まで四七年間(政府の自動車損害賠償保障事業損害査定基準による)と推認することができ、〔証拠略〕によれば、信夫は中学卒で、昭和四三年一一月より同人の父である原告松尾正信が経営する従業員数四〇名の有限会社松正建設という土木請負会社で、現場まわりおよび事務員として勤務し、死亡前三カ月の平均収入は月三〇、〇〇〇円であつたこと、原告松尾正信は信夫に将来右会社を継がせる予定でいたこと、を認めることができる。

そこで、信夫が本件事故によつて死亡しなければ得たであろう収入を計算するに、昭和四四年度労働省労働統計調査部賃金構造基本統計調査第一巻第一表(「年令、階級別きまつて支給する現金給与額および年間賞与その他の特別給与額」)によると、昭和四四年度における全国産業(企業規模一〇人ないし九九人)、小学、新中卒男子労働者の平均月間きまつて支給する現金給与額および年間賞与その他の特別給与額は別表1のとおりであるところ、信夫の前記学歴、死亡当時の勤務先企業規模などに照らすと、信夫が本件事故に会わなかつたならば前記就労可能年数四三年間は右基準に従つて月間給与および年間賞与その他の特別給与を受け得たであろうとみるのが相当であり、ただ、信夫が死亡当時前記会社に勤務して月三〇、〇〇〇円の給与を得ており将来も同会社に勤務する予定であつたとの前記認定事実から考えると、信夫は右四三年間は月三〇、〇〇〇円は下らない額の給与を受け得たものとみるのが相当であるから、同人の一六才当時の収入および別表1にある一七才の月間きまつて支給する現金給与額を三〇、〇〇〇円として計算する。

そして信夫の年間生活費としては、月間の収入総額および年間賞与等特別支給額の半額を超えないものと認めるのを相当とする。

右に従つて前記四三年間の信夫の純収入につき、年毎式ライプニツツ式計算方法により年五分の中間利息を控除して本件事故当時における一時払額を求めると、別表2のとおり計五、七六三、四九二円となる。

そして前記の割合による過失相殺をすれば、信夫の逸失利益は二、三〇五、三九六円(円未満切捨)となる。

ところで、信夫が原告らの子であることは被告吉春、同春夫は認め、〔証拠略〕によつてこれを認めることができ、これと、〔証拠略〕とによると、原告らが前記信夫の損害賠償債権の二分の一である各一、一五二、六九八円を相続したことが認められる。

(二)  原告らの慰藉料

原告らと信夫との身分関係は先に認定したとおりであり、原告らが信夫の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことは推測するに難くないところ、信夫の本件事故の発生に対する前記過失その他諸般の事情を考慮すると、原告らの右精神的苦痛に対する慰藉料は各八〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  損害の填補

原告らが強制保険金として三、一五四、五四七円の支払を受けていることは、原告らの自認するところであり、また、〔証拠略〕によると、原告らが被告春夫より三〇〇、〇〇〇円の支払を受けていることが認められる。ところで右強制保険金のうち一五四、五四七円は〔証拠略〕によれば、信夫の診療費として支払われていることが認められるところ、信夫の診療費は、原告らが本訴で支払を求める損害中に含まれていないこと明らかである。そうすると、右強制保険金のうち三、〇〇〇、〇〇〇円と任意弁済された三〇〇、〇〇〇円の計三、三〇〇、〇〇〇円を二分して各一、六五〇、〇〇〇円ずつを原告らの前記本件事故による各損害から控除すべきことになる。

(四)  弁護士費用

以上によれば、原告らは各自、(一)、(二)の合計一、九五二、六九八円から(三)の一、六五〇、〇〇〇円をそれぞれ控除した各三〇二、六九八円を被告吉春、同春夫、同日動火災に対し請求し得るものであるところ、〔証拠略〕によると、原告らが弁護士たる本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起および追行を委任し(この点は当事者間に争いがない)、遅くとも昭和四七年二月一七日までには、着手金として一五〇、〇〇〇円を支払つたことが認められ、弁論の全趣旨によれば、原告らは成功報酬として少くとも二一〇、〇〇〇円を支払うことを右訴訟代理人に約したことが認められるが、諸般の事情に鑑み本件事故と相当因果関係ある損害として前記被告らに賠償を請求し得る弁護士費用の額は、原告ら各自につき各六〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

五  結論

以上によると、原告ら各自に対して、被告吉春、同春夫は三六二、六九八円およびうち弁護士費用を控除した三〇二、六九八円に対する事故発生の日の翌日である昭和四四年四月一三日から、弁護士費用である六〇、〇〇〇円に対する前記認定の着手金を支払つた日の翌日である昭和四七年二月一八日から各支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被告日動火災は三六二、六九八円および、うち三〇二、六九八円に対する昭和四四年四月一三日からうち六〇、〇〇〇円に対する昭和四七年二月一八日からいずれも本判決確定に至るまで民事法定利率年五分、本判決確定の日の翌日から支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金中、右各起算日以降支払ずみまで原告らの請求にかかる年五分の割合による金員を支払う義務がある。

よつて原告らの被告吉春、同春夫、同日動火災に対する本訴請求は、右認定の範囲内において正当としてこれを認容し得るが、その余の請求および被告北九州マツダに対する請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田多喜子)

別表1

<省略>

別表2

年令

(死亡後の年数)

16才(1年目) 30,000円(月収)×5(月数)×0.5(生活費控除割合)×0.9523(ライプニツツ係数)=71,422円(円未満切捨)

17(2年目) {30,000(月収)×12(月数)+21,400(年間特別給与)}×0.5×0.9070=172,964

18~19(3~4) (32,000×12+44,800)×0.5×(3.5459-1.8594)=361,585

20~24(5~9) (42,700×12+61,700)×0.5×(7.1078-3.5459)=1,022,443

25~29(10~14) (52,700×12+87,200)×0.5×(9.8986-7.1078)=1,004,129

30~34(15~19) (57,100×12+100,800)×0.5×(12.0853-9.8986)=859,373

35~39(20~24) (57,400×12+95,800)×0.5×(13.7986-12.0853)=672,127

40~49(25~34) (57,100×12+99,600)×0.5×(16.1929-13.7986)=939,523

50~59(35~44) (53,500×12+89,100)×0.5×(17.6627-16.1929)=537,285

60~63(45~48) (43,800×12+66,300)×0.5×(18.0771-17.6627)=122,641

合計 5,763,492円

別紙

<省略>

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